2026年8月23日日曜日

「偽預言者を警戒しなさい」聖書が教える真の預言者を見分ける方法

 「偽預言者を警戒しなさい」聖書が教える真の預言者を見分ける方法


イエス様が与えられた警告、「偽預言者を警戒しなさい」


今から約2000年前、イエス様は一つの重要な警告を与えられました。

マタイによる福音書 7:15  
「偽預言者を警戒しなさい。彼らは羊の皮を身にまとってあなたがたのところに来るが、その内側は貪欲な狼である。」


狼は羊の命を奪う存在です。
しかし、狼が自分の正体を隠して羊の群れに近づいてくるため、多くの羊はその正体に気づかないまま襲われてしまいます。

マタイによる福音書 24:11-14  
「偽預言者も大勢現れ、多くの人を惑わす。 不法がはびこるので、多くの人の愛が冷える。 しかし、最後まで耐え忍ぶ者は救われる。 そして、御国のこの福音はあらゆる民への証しとして、全世界に宣べ伝えられる。それから、終わりが来る。」

そのためイエス様は、偽預言者の正体を正しく見分け、惑わされないようにするために、聖書の中に偽預言者の特徴を記録してくださいました。

羊の皮をかぶった狼、偽預言者の正体


今日、さまざまな犯罪の中でも大きな問題となっているものの一つが、電話やインターネットなどを利用した詐欺です。

たとえば、裁判所や検察庁などの公的機関を装うなど、さまざまな方法で人をだまし、お金を奪っていきます。そのときは相手の言葉を信じてしまい、被害に遭ってしまいます。しかし、後になって冷静になり、「あれは詐欺だった」と気づいたときには、すでに取り返すことができない場合もあります。

偽預言者も、これと似ています。

神様から遣わされた真の預言者ではないにもかかわらず、まるで神様から遣わされた者であるかのように、また信仰深い者であるかのように振る舞います。しかし、実際の行いは神様の御心とは全く異なっています。

神様の戒めなのか、人間の戒めなのか?


マタイによる福音書 15:7-9 
「偽善者たちよ、イザヤは、あなたたちのことを見事に預言したものだ。 『この民は口先ではわたしを敬うが、 その心はわたしから遠く離れている。 人間の戒めを教えとして教え、 むなしくわたしをあがめている。』

これが偽預言者の特徴です。彼らは神様の戒めではなく、人間の戒めを教えとして人々に教える者たちなのです。

イザヤ書 29:11-14
「それゆえすべての幻は、お前たちにとって封じられた書物の中の言葉のようだ。字の読める人に渡して、「どうぞ、読んでください」と頼んでも、その人は「封じられているから読めない」と答える。 字の読めない人に渡して、「どうぞ、読んでください」と頼んでも、「わたしは字が読めない」と答える。 主は言われた。「この民は、口でわたしに近づき唇でわたしを敬うが心はわたしから遠く離れている。彼らがわたしを畏れ敬うとしてもそれは人間の戒めを覚え込んだからだ。それゆえ、見よ、わたしは再び驚くべき業を重ねて、この民を驚かす。賢者の知恵は滅び聡明な者の分別は隠される。」

では、神様の戒めとは何であり、人間の教えとは何なのでしょうか。

まず、聖書が教えている神様の戒めについて見てみましょう。

聖書が証しする神様の戒め、安息日


創世記 2:1-3
「天地万物は完成された。第七の日に、神は御自分の仕事を完成され、第七の日に、神は御自分の仕事を離れ、安息なさった。この日に神はすべての創造の仕事を離れ、安息なさったので、第七の日を神は祝福し、聖別された。」

ルカによる福音書 4:16 
「イエスはお育ちになったナザレに来て、いつものとおり安息日に会堂に入り、聖書を朗読しようとしてお立ちになった。」

使徒言行録 17:2-3 
「パウロはいつものように、ユダヤ人の集まっているところへ入って行き、三回の安息日にわたって聖書を引用して論じ合い、「メシアは必ず苦しみを受け、死者の中から復活することになっていた」と、また、「このメシアはわたしが伝えているイエスである」と説明し、論証した。」

旧約時代から、神様の戒めとして七日目の安息日が守られていました。そして新約時代になっても、その戒めは引き続き守られていました。

しかし、321年にコンスタンティヌス皇帝によって日曜日の礼拝が制度として定着すると、神様が定められた安息日は次第に姿を消し、代わりに人間が定めた日曜日の礼拝が今日まで行われるようになりました。

また、聖書には過越祭についても記録されています。

罪の赦しのために定められた新しい契約の過越祭


出エジプト記 12:10-14 
「それを翌朝まで残しておいてはならない。翌朝まで残った場合には、焼却する。それを食べるときは、腰帯を締め、靴を履き、杖を手にし、急いで食べる。これが主の過越である。その夜、わたしはエジプトの国を巡り、人であれ、家畜であれ、エジプトの国のすべての初子を撃つ。また、エジプトのすべての神々に裁きを行う。わたしは主である。あなたたちのいる家に塗った血は、あなたたちのしるしとなる。血を見たならば、わたしはあなたたちを過ぎ越す。わたしがエジプトの国を撃つとき、滅ぼす者の災いはあなたたちに及ばない。この日は、あなたたちにとって記念すべき日となる。あなたたちは、この日を主の祭りとして祝い、代々にわたって守るべき不変の定めとして祝わねばならない。」

マタイによる福音書 26:26-28 
「一同が食事をしているとき、イエスはパンを取り、賛美の祈りを唱えて、それを裂き、弟子たちに与えながら言われた。「取って食べなさい。これはわたしの体である。」また、杯を取り、感謝の祈りを唱え、彼らに渡して言われた。「皆、この杯から飲みなさい。これは、罪が赦されるように、多くの人のために流されるわたしの血、契約の血である。」

コリントの信徒への手紙一 11:23-26
「わたしがあなたがたに伝えたことは、わたし自身、主から受けたものです。すなわち、主イエスは、引き渡される夜、パンを取り、感謝の祈りをささげてそれを裂き、「これは、あなたがたのためのわたしの体である。わたしの記念としてこのように行いなさい」と言われました。また、食事の後で、杯も同じようにして、「この杯は、わたしの血によって立てられる新しい契約である。飲む度に、わたしの記念としてこのように行いなさい」と言われました。だから、あなたがたは、このパンを食べこの杯を飲むごとに、主が来られるときまで、主の死を告げ知らせるのです。」

天で犯した罪を赦していただくために神様が定めてくださった過越祭は、使徒時代まで守られていました。

しかし、325年のニカイア公会議によって過越祭が廃止され、その後、次第に守られなくなってしまいました。

真の預言者なら、何を教えるべきなのか?


もし本当に神様から遣わされた預言者であるなら、神様が命じられた戒めが何なのか、その意味を正しく理解し、人々に伝えなければなりません。

ところが、世の中には「預言者」と名乗りながら、神様の戒めを正しく知らず、守っていない人々もいます。だからこそ、イエス様は彼らを、人の魂を奪おうとする狼にたとえられたのです。(マタイによる福音書 7:15)

彼らは安息日について、「昔のものであり、すでに廃止された古い律法だから、今は守る必要がない」と言います。

そして、「今は日曜日の礼拝を守ればよい」と教えます。

また、過越祭についても、「すでに廃止された律法だから、今は守らなくてもよい。もう知ろうとする必要もない」と教えています。
しかし聖書は、神様の戒めを守らない者たちの結末について、滅びに至ることを教えています。

神様の御心を行う者だけが天国に入る


エゼキエル書 22:31
「それゆえ、わたしは憤りを彼らの上に注ぎ、怒りの火によって彼らを滅ぼし、彼らの行いの報いをその頭上に返す」と主なる神は言われる。」

神様は、彼らの行いに応じて、その頭上に神様の怒りの火を注ぐと仰せになりました。

マタイによる福音書 7:21-23
「わたしに向かって、「主よ、主よ」と言う者が皆、天の国に入るわけではない。わたしの天の父の御心を行う者だけが入るのである。かの日には、大勢の者がわたしに、「主よ、主よ、わたしたちは御名によって預言し、御名によって悪霊を追い出し、御名によって奇跡をいろいろ行ったではありませんか」と言うであろう。そのとき、わたしはきっぱりとこう言おう。「あなたたちのことは全然知らない。不法を働く者ども、わたしから離れ去れ。」」

天国に入るために必要なのは、神様の御心を行うことです。それでは、真の預言者であるなら、神様の御心に従って行い、神様の御心を教えとして人々に伝えるのではないでしょうか。

それでは、真の預言者はどこにいるのでしょうか?


では、神様の御言葉を正しく守り、また人々に正しく教えている真の預言者は、いったいどこにいるのでしょうか。聖書の教えを見ると、真の預言者がいる場所として示されているのが、**「神様の教会」**です。

神様の教会では、イエス様が教えてくださり、使徒たちが守った新しい契約の戒めである神様の戒めを守り、それを大切な教えとして人々に伝えています。




#神様の教会世界福音協会 #聖書の真理 #新しい契約の安息日 #新しい契約の過越祭 #安商洪様 #エルサレム母

2026年7月30日木曜日

人体が証しする母なる神様

 人体が証しする母なる神様


セバスティアン・ガブリエル・プラヤン

アルゼンチン


人体の基本単位、細胞

皆さんは、私たちの体を構成する基本単位が何かご存じでしょうか。それは「細胞」です。

人体は約37兆2,000億個の細胞で構成されています。細胞は組織をつくる基本的な構成単位であり、私たちの体のあらゆる組織は細胞によって成り立っています。


母なる細胞と呼ばれる幹細胞

それでは、この細胞の名前は何でしょうか。それは「幹細胞」です。



幹細胞には自己複製能力があり、肺や骨、心臓、肝臓をはじめとするあらゆる身体の器官へと分化する能力を持っています。また、組織の完全性を維持する重要な役割を担っているため、幹細胞がなければ生命体は存在することができません。

皆さんも一度は「幹細胞」という言葉を耳にしたことがあるのではないでしょうか。しかし、この「幹細胞」にはもう一つの呼び名があります。それが「母細胞(母なる細胞)」です。では、なぜそのように呼ばれているのでしょうか。


生命の源、幹細胞

これらすべての驚くべき生命現象の始まりには、母親の存在があります。






胎児はへその緒を通して母親から栄養の供給を受けるとともに、生命の維持と成長に必要な幹細胞の供給も受けます。

受精卵が最初の細胞分裂を始めると、「胚」と呼ばれます。胚は受精後4~5日ほど経つと、約150個の細胞が集まった「胚盤胞」の状態へと変化します。その後、妊娠のさまざまな段階を経ながら、胚盤胞は細胞分裂、細胞分化、そして細胞成熟を繰り返し、胎児の体を形成していきます。

このような形成過程において、母細胞は同じ性質を持つ娘細胞を統括・調整し、その機能を十分に果たせなくなった異常細胞がある部位へと移動させ、異常細胞に代わってその役割を担わせることで、身体の各部位の生存能力を維持します。

言い換えれば、幹細胞は身体のあらゆる機能が円滑に働くよう、目立たないところでその役割を果たしており、その働きは極めて重要です。したがって、幹細胞がなければ生命を維持することはできません。



幹細胞バンク

現在、私たちは神経障害や心臓病、白血病など、さまざまな疾患の治療において幹細胞バンクを活用することができます。このように、疾患がある組織や、機能が低下した組織、損傷した組織の回復を促進する医療分野を「再生医療」といいます。


人体を守る造血幹細胞

それでは、さまざまな種類の幹細胞の中でも、造血幹細胞について重点的に見ていきましょう。

造血幹細胞は、白血球、赤血球、血小板をはじめとする、すべての血液細胞を生み出します。しかし、その役割は単に血液をつくることだけではありません。

造血幹細胞は、特異的免疫系において重要な役割を担っています。


すべての異物の侵入に対して反応する自然免疫とは異なり、特異的免疫は、それぞれのウイルス感染に対して特異的に反応します。自然免疫だけでは異物を完全に排除できない場合、第二の防御機構として特異的免疫が働きます。

つまり、造血幹細胞は特異的免疫系を通して、個人の生命を脅かしたり損傷を与えたりする有害因子を排除し、生命と安全を守っているのです。

以上をまとめると、幹細胞は私たちの生命の根源となり、生命を維持し、守り続けています。


霊的な命の根源、神様

聖書は、このような幹細胞と同じように、命の根源となり、私たちを守ってくださるお方が神様であることを教えています。

聖書において、命の根源は、どの時代においても神様です。

「それは、わたしの民が/二つの悪しき事を行ったからである。すなわち生ける水の源であるわたしを捨てて、」 (エレミヤ書 2章13節)



「しかし、わたしが与える水を飲む者は、いつまでも、かわくことがないばかりか、わたしが与える水は、その人のうちで泉となり、永遠の命に至る水が、わきあがるであろう。」 (ヨハネによる福音書 4章14節)

旧約時代においても、新約時代においても、命の根源は神様でした。どの時代においても、命の根源は常に神様です。


この時代の霊的な命の根源、聖霊と花嫁

それでは、この時代に私たちに命の水を与えてくださる命の根源は、どなたなのでしょうか。


「“霊”と花嫁とが言う。『来てください。』これを聞く者も言うがよい、『来てください』と。渇いている者は来るがよい。命の水が欲しい者は、価なしに飲むがよい。」

(ヨハネの黙示録 22章17節)

聖書は、この時代において、聖霊と花嫁こそが命の根源であることを教えています。


花嫁、天のエルサレム、私たちの母

それでは、聖霊である父なる神様とともに現れる花嫁とは、だれなのでしょうか。

「…『ここへ来なさい。小羊の妻である花嫁を見せてあげよう。』… 聖なる都エルサレムが神のもとを離れて、天から下って来るのを見せた。」

 (ヨハネの黙示録 21章9~10節)


「他方、天のエルサレムは、いわば自由な身の女であって、これはわたしたちの母です。」

 (ガラテヤの信徒への手紙 4章26節)

この終わりの時代、母なる神様はサタンから私たちを守り、命の水によって永遠の命を与えてくださるために現れてくださいます。

私たちの体が幹細胞なしには生命を維持することができないように、私たちの魂も母なる神様なしには命を維持することができません。


霊的な幹細胞バンク、神様の教会世界福音宣教協会

このような理由から、神様の教会は母なる神様を信じています。

そして神様の教会は、世界中で霊的な幹細胞バンクとしての役割を担い、神様の御言葉によって全世界の魂を癒しています。



母なる神様の愛

ここまで見てきたように、私たちの人体もまた、母なる神様が存在し、私たちに命を与えてくださることを証ししています。

私たちは母なる神様の愛を悟ろうと努めていますが、三次元の世界に生きる限られた存在であるため、その愛を完全に理解することは容易ではありません。

神様がお造りになったすべてのものが示しているように、母なる神様の愛は細やかで繊細であり、ときには限りなく広大だからです。

ぜひ聖書を通して母なる神様についてさらに深くお知りになり、母なる神様が与えてくださる永遠の命の祝福をお受けください。



[Arise & Shine 国際バイブルセミナー]

世界各国のさまざまな分野の専門家が、父なる神様

だけでなく母なる神様の存在について、聖書をはじめ、各学問分野の視点から深く探究するとともに、証しするグローバル・バイブルセミナーです。






2026年7月22日水曜日

聖書は事実である。「預言成就編」

 


多くの人々は、聖書の御言葉が信じられずにいます。聖書をただのおとぎ話やファンタジーだと思っている人が多いようです。しかし、聖書の御言葉、神様がくださった預言は、これまですべて成就してきました。聖書は生きておられる神様の御言葉であり、事実が記録されている書物です。

神様が人類に聖書をくださった目的

聖書の歴史は、天地創造から始まり、新しい天と地の到来で締めくくられています。神様が、この新しい天と地、つまり天国に私たちを導いてくださろうと賜ったのが、この聖書です。

ヨハネの黙示録 21章1、4節 わたしはまた、新しい天と新しい地を見た。最初の天と最初の地は去って行き、もはや海もなくなった。・・・彼らの目の涙をことごとくぬぐい取ってくださる。もはや死はなく、もはや悲しみも嘆きも労苦もない。最初のものは過ぎ去ったからである。」

新しい天と地、天国は、死がなく、悲しみも嘆きも労苦もないところです。「死がない」ということは、永遠に生きるということです。楽しさ、喜び、癒し、うれしさがあふれ、永遠に天の家族たちと生きるところが、天国です。また、天国は、人間には想像することさえできないすばらしいところだとも記録されています(1コリ2:9)。神様は、そのような天国に、私たち人類を導いてくださろうと、聖書をくださいました。

そして、聖書を信じることができず、天国に行く準備ができていない人類のために、たくさんの預言を記録しておかれました。

聖書の預言どおりに成就されてきた歴史

聖書には数多くの預言が記録されており、そのすべてが成就されてきました。預言者たちが記録した当時は、その預言が本当に成就するのかしないのか、確認する術がありませんでした。しかし、後世に生きる私たちは、過去の歴史を調べることで、聖書の預言が成就されたのかどうかを自分の目で確かめることができます。

まず、ペルシアの王キュロスについての預言を確認してみましょう。旧約時代、イスラエルの民は、70年間バビロンの捕虜になっていたことがありました。そのバビロンを滅ぼして、 捕虜となっていたイスラエルの民を解放したのが、ペルシアの王キュロスでした。

エズラ記 1章1~3節 ペルシアの王キュロスの第一年のことである。主はかつてエレミヤの口によって約束されたことを成就するため、ペルシアの王キュロスの心を動かされた。キュロスは文書にも記して、国中に次のような布告を行き渡らせた。/「ペルシアの王キュロスはこう言う。/天にいます神、主は、地上のすべての国をわたしに賜った。この主がユダのエルサレムに御自分の神殿を建てることをわたしに命じられた。あなたたちの中で主の民に属する者はだれでも、エルサレムにいますイスラエルの神、主の神殿を建てるために、ユダのエルサレムに上って行くがよい。神が共にいてくださるように。

ペルシアという国は、本来、聖書の神様を信じていない異邦の国でした。しかし、そのペルシアの王であるキュロスが、国中に布告を出して、「イスラエルの神様が国々をわたしに賜った」と言い、また、エホバ神様を「主」と呼んで、栄光を帰しました。キュロスはなぜ、エホバ神様に栄光を帰したのでしょうか。また、なぜ、「神様がエルサレム神殿を建てることを自分に命じられた」と言ったのでしょうか。

それは、聖書の預言を見て驚いたからです。聖書には、彼が生まれる前から、彼の名前と彼が行うことが預言されていました。

イザヤ書 45章1~3、13節 主が油を注がれた人キュロスについて/主はこう言われる。/わたしは彼の右の手を固く取り/国々を彼に従わせ、王たちの武装を解かせる。/扉は彼の前に開かれ/どの城門も閉ざされることはない。/わたしはあなたの前を行き、山々を平らにし/青銅の扉を破り、鉄のかんぬきを折り/暗闇に置かれた宝、隠された富をあなたに与える。/あなたは知るようになる/わたしは主、あなたの名を呼ぶ者/イスラエルの神である、と。・・・わたしは正義によって彼を奮い立たせ/その行く道をすべてまっすぐにする。/彼はわたしの都を再建し/わたしの捕らわれ人を釈放し/報酬も賄賂も求めない。/万軍の主はこう言われた。

このイザヤ書は、キュロスがイスラエルを解放する約170年前に記録されました。バビロンを征服したキュロスが、この預言を読んだのです。「自分の力と知恵でバビロンに勝った」と思っていたのに、聖書には既に、自分の名前と自分が何をするかが記録されていたのです。どれほど驚いたでしょうか。そして、キュロスは知ることになります。自分に国々を賜ったのが、イスラエルの神様であることを。そして、その神様が自分を呼ばれた目的を。それで、先ほどのエズラ記にあったように、国中に布告を出して、神様に栄光を帰し、イスラエルの民を解放し、エルサレム神殿を再建するように命じたのです。

聖書の預言と成就の内容を、もう一つ確認してみましょう。

ダニエル書 8章20~22節 お前の見た二本の角のある雄羊はメディアとペルシアの王である。また、あの毛深い雄山羊はギリシアの王である。その額の大きな角は第一の王だ。その角が折れて代わりに四本の角が生えたが、それはこの国から、それほどの力を持たない四つの国が立つということである。

バビロンの王ベルシャツァルの治世第三年に、神様がダニエルに幻を見せてくださいました(ダニ8:1~14)。 毛深い雄山羊が、 二本の角のある雄羊に突進して倒すという幻でしたが、この聖句は、その解釈をガブリエル天使が説明したものです。ベルシャツァル王はバビロンの最後の王です。つまり、バビロン滅亡以前に、バビロンを滅ぼしたメディア・ペルシア、そしてメディア・ペルシアを滅ぼしたギリシアの歴史について預言したのです。ギリシアについては、第一の王が死んで、国が4つに分裂するとありますが、この預言とおり、ギリシアの第一の王であったアレキサンダーの死後、彼に支えていた4人の将軍が国を4つに分けて統治しました。実に約250年後までの歴史について預言したのです。現代を生きる私たちは、過去の歴史を通して、神様の御言葉が正確に成就されたことを確認することができます。

預言をくださった理由

聖書にはこの他にも数多くの預言が記録されています。神様は、なぜこのような預言を人類に教えてくださったのでしょうか。

ヨハネによる福音書 14章29節 事が起こったときに、あなたがたが信じるようにと、今、その事の起こる前に話しておく。

これは、イエス様の御言葉です。神様が人類にあらかじめ将来起こることを教えてくださったのは、そのとおりに事が起こったときに、私たちが信じるようにするためと仰いました。これまで、聖書に記録されている数多くの預言がそのまま成就されたように、黙示録に記録されている新しい天と地も必ず到来するでしょう。しかし、悲しみも嘆きも労苦もなく、死がない、永遠に幸せに生きていく天国に、誰もが入れるわけではありません。

ヨハネの黙示録 20章12~15節 わたしはまた、死者たちが、大きな者も小さな者も、玉座の前に立っているのを見た。幾つかの書物が開かれたが、もう一つの書物も開かれた。それは命の書である。死者たちは、これらの書物に書かれていることに基づき、彼らの行いに応じて裁かれた。・・・その名が命の書に記されていない者は、火の池に投げ込まれた。

誰もが神様の御前で、裁きを受ける日がやってきます。そのときに、人々はこの地での行いに応じて裁かれて、永遠の火の池に投げ込まれるのか、永遠の天国に入るのかが決まるのです。神様は、人類が聖書の御言葉を信じることができるように、預言をくださり、その預言の成就を確認することができるようにしてくださいました。神様は、私たちが皆が天国に入ることができるように、裁きの日のための準備をすることを願っておられます。どうすれば、命の書に名前が記されるのか、どのような行いで救いを受けられるか、調べて、行わなければなりません。聖書の御言葉を信じ、しっかりと天国に行く準備をする皆さんになることを、心より願います。


https://japanwmscog.org/%e4%bf%a1%e4%bb%b0/%e3%82%ad%e3%83%aa%e3%82%b9%e3%83%88%e6%95%99%e4%b8%80%e8%88%ac/%e8%81%96%e6%9b%b8%e3%81%af%e4%ba%8b%e5%ae%9f%e3%81%a7%e3%81%82%e3%82%8b%ef%bd%9e%e9%a0%90%e8%a8%80%e6%88%90%e5%b0%b1%e7%b7%a8%ef%bd%9e/

2026年6月30日火曜日

Arise & Shine 2019 大学生国際聖書セミナー

 Arise & Shine 2019 大学生国際聖書セミナー

-専門知識で神様の存在を伝え、聖書の教訓を呼び覚ました8カ国の大学生たち-



真夏の日差しが照りつける7月12日、それにも増して熱い情熱をもって真理を探究する海外の大学生と韓国首都圏の青年を含む約2,200人が、「Arise & Shine 2019 大学生国際聖書セミナー」に参加した。新エルサレム板橋聖殿で開催されたこのセミナーには、ニュージーランド、ウクライナ、アメリカ、フィンランド、メキシコ、モザンビーク、インド、チリから来た9人の大学生が発表者として登壇した。

総会長の金湊哲牧師は開会の辞を通して、「一寸先も見通せず、不確実な今日と明日を生きる70億人類に対し、エロヒム神様の教えを先に受け、魂の過去・現在・未来についての確かな答えを得た私たちが立ち上がり(Arise)、真理の光を照らそう(Shine)」と力強く語った(イザヤ書60章1節)。



発表者たちは、数学・会計学・社会科学などの専門知

識をもとに、「最も新しい御名」「傍観者とファーストペンギン」「蜂の巣に秘められた神様の摂理」「群衆と真実の間で」など幅広いテーマを発表し、聖書の中に記されたエロヒム神様の存在を分かりやすく証明した。また、実験、統計、映像資料、歴史的事例を交えながら聖書の教訓を多角的に示し、知性人であり信仰者でもある者が持つべき倫理意識と使命感を高めた。




「個人であれ企業であれ、それぞれが持つ名前には大きな影響力がある。私たちの魂の命に直結する救い主の御名は何よりも重要であり、その御名を知らせているのは聖書だけである。聖書を通して先に救い主を受け入れた私たちには、その御名を全世界に伝える使命がある。」

フィンランド・ヘルシンキ大学社会科学部

イロナ・スオミネン


「莫大な借金と利息によって人生の崖っぷちに追い込まれた債務者を救済するための『債務免除制度』が聖書にも登場する。罪によって永遠の死の危機に陥った霊的な罪人を救うため、神様が御自身の命を犠牲にして立ててくださった新しい契約の掟である。愛である神様が私たちを無償で救ってくださったように、私たちも70億人の人類を罪の赦しの道へ導いていこう。」

モザンビーク・ポリテクニック大学大学院会計学科

エリアシ・アメリク・マシカム



発表者たちが緻密な論理と確信に満ちた声で発表を終えるたびに、会場からは拍手と歓声が沸き起こった。休暇中にセミナーに参加した洪益大学校英語教育学科のムン・ソンミン兄弟は、「聖書は神様の存在を教えてくれるだけでなく、生きていく上で必要な教訓も教えてくれる。私の夢の一つは教師になることだが、学生たちが多感な時期を無事に乗り越えられるよう、正しい人生の方向を示せる教師になりたい」と願いを語った。




2026年5月31日日曜日

イスカリオテのユダの信仰/神様の教会

イスカリオテのユダの信仰/神様の教会

神様の子供が持つべき信仰の姿

二千年前にイエス様を従った十二人の弟子の中でユダの信仰を通して今日私たちが持つべき信仰の姿勢を学ぶことができます。

イエス様を信じることができず、銀貨30枚と引き換えにイエス様を裏切ったユダの姿を見ると、彼は果たして本当にイエス様を信じていた弟子だったと言えるのでしょうか。

当時ユダはイエス様を信じずに世に見える物質を考えたと思います。

ユダの信仰は私たちの教訓

ユダは最終的に自らの罪を悟りましたが、悔い改めることなく後悔の中で生涯を閉じました。私たちはここから、どのような困難な状況に置かれても絶望せず神様の教えどおり従順し、命令を守る者になるべきです。

救いの基準は、神様の御言葉を聞くだけでなく、その御言葉に従って行うかどうかにあります。

マタイによる福音書7章21節 「わたしに向かって、『主よ、主よ』と言う者が皆、天の国に入るわけではない。わたしの天の父の御心を行う者だけが入るのである。」と記録しています。

聖霊時代の救い主は安商洪様とエルサレム母

いまは多くの人々が聖霊時代だと言いました。では、救いの祝福を受けるために私たちは聖霊時代の救い主であられる安商洪様とエルサレム母の教えと命令を守るべきです。新しい契約の過越祭と安息日も守るべきです。

救いの祝福をくださった安商洪様とエルサレム母を信じて永遠なる天国に帰る子供になりましょう。

#神様の教会世界福音宣教協会 #安商洪様 #エルサレム母 #新しい契約の過越祭 #安息日 #天国 #ユダ






2026年4月20日月曜日

安息日―聖書が語る真の礼拝日


安息日―聖書が語る真の礼拝日



今日、多くの教会では日曜日に礼拝が行われています。

しかし聖書には、神様ご自身が定められた礼拝の日が記されています。

それが「安息日」です。聖書が語る安息日はいつなのか、そしてなぜ大切なのかを見ていきましょう。


1. 安息日の由来

安息日は創造の時から始まりました。神様は六日の間に天地万物を創造され、七日目に休まれ、その日を聖なる日として祝福されました。

「天地万物は完成された。第七の日に、神は御自分の仕事を完成され、第七の日に、神は御自分の仕事を離れ、安息なさった。この日に神はすべての創造の仕事を離れ、安息なさったので、第七の日を神は祝福し、聖別された。」(創世記 2章1〜3節)

さらに神様は十戒を通して、安息日を守るよう命じられました。

「安息日を心に留め、これを聖別せよ。…七日目は、あなたの神、主の安息日であるから…」(出エジプト記 20章8〜10節)

このように安息日は、神様が自ら定め、祝福し、聖なる日として区別された特別な日です。


2. 安息日は何曜日か

聖書は安息日が現在のどの曜日に当たるかについても示しています。イエス様は「安息日の翌日」、すなわち安息日の次の日に復活されました。

「イエスは週の初めの日の朝早く、復活して、」(マルコによる福音書 16章9節)

「After Jesus rose from death early on Sunday…(日曜日の朝早く、イエス様は復活された後)」(マルコによる福音書 16章9節, TEV聖書)

この「週の初めの日」は現在の日曜日に当たります。したがって、その前の日である安息日は土曜日であることが分かります。つまり、聖書が示す第七日の安息日は土曜日なのです。


3. 安息日と救いについての聖書の教え

聖書は、神様を信じる目的が救いにあること、そして神様の御心に従うことの大切さを教えています。

「わたしに向かって、「主よ、主よ」と言う者が皆、天の国に入るわけではない。わたしの天の父の御心を行う者だけが入るのである。」(マタイによる福音書 7章21節)

神様の御心は聖書に記された御言葉を通して知ることができ、その中には安息日を守ることも含まれています。イエス様ご自身も安息日を守られ、使徒たちや初代教会の信徒たちもそれに従いました。

安息日は単なる形式的な律法ではなく、神様が祝福を約束された聖なる日です。

神様を信じる者であれば、神様が定められた礼拝の日について改めて考えてみることが大切ではないでしょうか。

聖書が語る安息日の意味を正しく理解し、その御心に従って歩む信仰を大切にしていきたいものです。


#神様の教会 #神様の教会世界福音宣教協会 #安商洪 #安商洪様 #安息日

2026年3月27日金曜日

イエス様の切なる願い ― 新しい契約の過越祭



イエス様を信じる者であるならば、イエス様が命じられたとおりに、また教えられたとおりに従うべきではないでしょうか。イエス様を信じていると言いながら、その御言葉に従わないのであれば、それは真に信じているとは言えないのです。

📖マタイによる福音書2819節~20
「だから、あなたがたは行って、すべての民をわたしの弟子にしなさい。彼らに父と子と聖霊の名によって洗礼を授け、 あなたがたに命じておいたことをすべて守るように教えなさい。わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる。」

これはイエス様の最後の命令です。イエス様は、御自身がこれまで命じ、直接教えられたすべてのことを、教え、守らせなさいと命じられました。それでは、イエス様が教えられたことは何であるのか、確かめてみましょう。

📖マタイによる福音書2617節~19
除酵祭の第一日に、弟子たちがイエスのところに来て、「どこに、過越の食事をなさる用意をいたしましょうか」と言った。 イエスは言われた。「都のあの人のところに行ってこう言いなさい。『先生が、「わたしの時が近づいた。お宅で弟子たちと一緒に過越の食事をする」と言っています。』」 弟子たちは、イエスに命じられたとおりにして、過越の食事を準備した。

弟子たちはイエス様の御言葉に従い、過越祭を準備しました。しかし、彼らは準備だけして終わったのでしょうか。そうではありません。イエス様は弟子たちと共に過越祭を守られました。

📖マタイによる福音書2626節~28
一同が食事をしているとき、イエスはパンを取り、賛美の祈りを唱えて、それを裂き、弟子たちに与えながら言われた。「取って食べなさい。これはわたしの体である。」 また、杯を取り、感謝の祈りを唱え、彼らに渡して言われた。「皆、この杯から飲みなさい。 これは、罪が赦されるように、多くの人のために流されるわたしの血、契約の血である。

では、この罪とは何でしょうか。この地で犯した罪のことでしょうか。
弟子たちが何か罪を犯したから、過越祭を守るよう命じられたのでしょうか。
そうではありません。それは、天において犯した罪が赦されるという意味なのです。

ローマの信徒への手紙6章23節には、私たちが死に至る罪を犯したことが記されています。
また、マタイによる福音書9章12節~13節には、イエス様が罪人を救うために来られたとあります。
ゆえに、イエス様は罪人である私たちを救い、天の御国へ導くために、過越祭を立て、弟子たちと共に守られたのです。 

そして、イエス様と弟子たちが守った過越祭は、旧約の過越祭ではありません。イエス様が新しい契約として立ててくださった過越祭です。

📖ルカによる福音書2214節~15
時刻になったので、イエスは食事の席に着かれたが、使徒たちも一緒だった。 イエスは言われた。「苦しみを受ける前に、あなたがたと共にこの過越の食事をしたいと、わたしは切に願っていた。

📖ルカによる福音書2219節~20
それから、イエスはパンを取り、感謝の祈りを唱えて、それを裂き、使徒たちに与えて言われた。「これは、あなたがたのために与えられるわたしの体である。わたしの記念としてこのように行いなさい。」 食事を終えてから、杯も同じようにして言われた。「この杯は、あなたがたのために流される、わたしの血による新しい契約である。

このように、イエス様は新しい契約の過越祭を立てられ、これを守ることを切に望まれました。なぜなら、この新しい契約の過越祭を通してこそ、罪の赦しを受け、再び天の御国へ帰ることができるからです。それでは、このようにイエス様が最後まで切に守ることを願われた新しい契約の過越祭を、イエス様を信じる者たちはどうすべきでしょうか。
当然、感謝の心をもって守るべきではないでしょうか。

イエス様の最後の命令は、御自ら示されたすべての教えを全世界に宣べ伝え、人々に守らせることであります。新しい契約の過越祭を、イエス様の教えのとおり正しく守っている教会は、全世界でただ一つ、神様の教会世界福音宣教協会です。
イエス様が最後に切に願われた新しい契約の過越祭を、すべての人が守り、罪の赦しを受けることを心から願います。🙏🏻✨


2026年2月26日木曜日

聖書は事実である。「科学編」

 聖書は事実である。「科学編」


世界的なベストセラーである聖書は、いったい何を教えてくれる書物なのでしょうか。

聖書は天地創造から始まり、新しい天と新しい地の建設によって幕を閉じます。神様は人類を新しい天と新しい地、すなわち天国へ導くために、聖書を与えてくださいました。しかし、世の中の人々は聖書を簡単には信じることができません。そのため神様は、さまざまな証拠を通して、聖書が事実であることを私たちに示してくださいました。

その中で本日は、科学的事実を通して、聖書が真実であることについて考えてみたいと思います。この世界を創造し、宇宙に科学的法則をお与えになった方は神様です。したがって、神様がお与えになった聖書が科学に先立っているとしても不思議ではありません。かつては人間の知識が十分でなかったために、聖書を信じることができませんでした。しかし、科学が発達するにつれて、聖書が真実であることを示す証拠が明らかになってきています。

まずは、地球について語られている御言葉を見てまいりましょう。










ヨブ26:7

神は聖なる山を茫漠としたさかいに横たわらせ大地を空虚の上につるされた。 

大地を空虚の上につるされたというのは、地球 が何もない空間に浮いているという意味です。 今日では、地球が宇宙空間に浮いていることは常識となっています。しかし、古代の人々にとっては想像もできない内容でした。彼らは地球が何かに固定されていると考えていたからです。では、人間の科学はいつ頃、地球が空間に浮いているという事実を証明できたのでしょうか。17世紀、ニュートンが万有引力の法則を発見した後、初めて説明できるようになりました。しかし聖書は、人間の科学より数千年も先に、地球が空間に浮いていることを記しています。ヨブ記が記されたのは、今から約3,500年前とされています。当時の人間の知識では知り得なかった事実が、なぜ聖書に記されているのでしょうか。これは、聖書が万物を創造された神様の記録であり、事実であることを示す確かな証拠といえるのではないでしょうか。

次に、水の循環についての御言葉を見てみましょう。

ヨブ36:27-28 

神は水滴を御もとに集め霧のような雨を 降らす。 

雲は雨となって滴り多くの人の上 に降り注ぐ。 

この御言葉は水の循環の仕組みを事実どおりに 表現しています。 つまり、 地上の水分が上昇し て、雲になった後、 再び雨となって降る過程を 説明しているのです。 まず、 「水滴を御もとに集 め」というのは、 水分が蒸発し空中に上がって いくことを意味します。 そして、 「雲は雨となっ て滴り」というのは、 水蒸気が集まり雲になっ て、雨が降るという意味です。 それでは、 人間がこのような水の循環を完全に 理解したのはいつ頃でしょうか?17世紀に、 ペ ローとマリオットという二人の学者が実験し た結果、 水が循環するということが初めて確認 されたといいます。 しかし、 聖書はすでに3500 年前に水の循環について正確に描写しているで はありませんか?それゆえ、 聖書は、 万物を創 造された神様の記録であり事実です。

本日は、科学的な事実をいくつか取り上げてみました。しかし、聖書が事実であることを示す証拠は、ほかにも数多くあります。聖書をさらに読み進めていく中で、そこに記されている天国への希望を確かめ、天国へと導いてくださるエロヒムの神様に心を向ける方が、一人でも多くなることを願っています。


https://japanwmscog.org/%e4%bf%a1%e4%bb%b0/%e3%82%ad%e3%83%aa%e3%82%b9%e3%83%88%e6%95%99%e4%b8%80%e8%88%ac/%e8%81%96%e6%9b%b8%e3%81%af%e4%ba%8b%e5%ae%9f%e3%81%a7%e3%81%82%e3%82%8b%ef%bd%9e%e7%a7%91%e5%ad%a6%e7%b7%a8%ef%bd%9e/

2026年1月30日金曜日

 浸禮




浸禮は2000年前、イエスが来られて最初に行われた掟です。

マタイの福音書 31316
それからイエスは、ガリラヤからヨルダン川にて、ヨハネから浸禮を受けようとされた。ところがヨハネは、それを思いとどまらせようとして言った。「私こそ、あなたから浸禮を受ける必要がありますのに、あなたが私のところにられるのですか。」
しかし、イエスは答えて言われた。「今はそうさせてもらいたい。このようにして、すべての正しいことを成し遂げるのが、わたしたちにふさわしいのです。」そこでヨハネは承知した。
イエスは浸禮を受けられると、すぐに水から上がられた。

これは、私たちも直ちに浸禮を受けるべきであることを知らせるために、主ご自身が浸禮を受ける模範を示してくださったのです(ヨハネの福音書 1315)。

罪人が罪の赦しを受け、永遠の天へ進む最初の出点が浸禮です。これは決して先延ばしにしてはならない、緊急を要する重要な儀式です。

箴言 271
「明日のことを誇るな。一日のうちに何が起こるか、あなたは知らないのだから。」

目の前に起こることさえ分からないのが人生です。どうして未のことを言できるでしょうか。ですから、6か月や1年もんでから受けるのではなく、御言葉を聞いて悟ったなら、直ちに浸禮を受けるべきだと、聖書はえています。
イエスは、まず浸禮を受けなければならないとえてくださいました。

マタイの福音書 281920
「それゆえ、あなたがたは行って、すべてのの人を弟子とし、父の名によって浸禮を授け、わたしがあなたがたに命じておいたすべてのことを守るようにえなさい。」

まず浸禮を受け、その後にイエスが命じられたすべてのことをえ、守ること、これが聖徒たちが行うべきことです。
イエスえを受けた使徒たちも、主の模範にい、直ちに浸禮を授けたことを、聖書を通して確認することができます。

使徒の 83536
イエスについて福音をえると、道を進んでいるうちに水のある場所にた。すると宦官が言った。「ごください。水があります。私が浸禮を受けるのに、何の妨げがあるでしょうか。」

使徒の 163033
「先生方、救われるためには、何をしなければなりませんか。」
その夜、その時刻に彼とその家族全員が浸禮を受けた。

神を信じ、天に行くことを願うなら、聖書のえを受けて、直ちに浸禮を受けなければなりません。

また、神浸禮の中に、罪の赦しと聖えてくださいました。

使徒の 238
ペテロは言った。「悔い改めなさい。そして、それぞれ罪の赦しを得るために、イエスキリストの名によって浸禮を受けなさい。そうすれば、賜物として聖を受けます。」

罪の赦しを受けなければ、私たちは決して天に行くことはできません。
を受けなければ、神の御心にかなった生活を送ることはできません。

浸禮は、罪から離れ、神の御心にって生きることを約束する、非常に重要な儀式です。
ですから、理を聞き、まだ浸禮を受けていない方は、必ず浸禮を受け、天へ行く祝福を受けてください。




#浸禮 #バプテスマ #国 #神様の教会世界福音宣教協会 #安商洪様

「偽預言者を警戒しなさい」聖書が教える真の預言者を見分ける方法

  「偽預言者を警戒しなさい」聖書が教える真の預言者を見分ける方法 イエス様が与えられた警告、「偽預言者を警戒しなさい」 今から約2000年前、イエス様は一つの重要な警告を与えられました。 マタイによる福音書 7:15   「偽預言者を警戒しなさい。彼らは羊の皮を身にまとってあな...